体がだるくて


頭も重いし


せっかく好きな人が飲みに行かない? って誘ってくれたのに
(みんなでってことだけど)





あたしは断りました。
























07    
  み  あ  が  り  の  あ  め
























あたしは雨の日が嫌いです。


どうしてかというと、


髪の毛が爆発するし
(ひどいクセ毛だから)


傘が邪魔くさいから。
(電車の中で隣のやつが足にべったり濡れた傘押し付けてきたりするしね)







でも、そんなことよりももっと大きな理由があるのです。


なぜか昔から雨の日には、見えないはずのものが見えてしまうのです。






たとえばホラ、あの木の下とか。
(あれは女の人。髪が長い)


あそこの交差点の真ん中とか。
(まだ子供かな?)





















だから、嫌い。





















「ねえ、知ってる? 雨って死んだ人の涙なんだよ」

「・・・」

「すごーく悲しいまま死んでしまった人がああやって泣くの」

「・・・」

「無視しないでよぉ」

「・・・」









雨の朝。

通勤途中。

見知らぬ女の幽霊に、絡まれる。











あぁ、嫌だ。 こういうのに付きまとわれると、たいてい頭が痛む。

あたしは霊媒師でもなんでもないし、ただ見えるだけなんだから、まとわりついたって良い事ないのに。











それにしても、いつにもまして体がだるい。

この女幽霊のせいなのか。

それとも風邪を引いたのか。










顔色悪いねって、好きな人に言われた。

最悪。









「わたし、ほんとに死んだんだね…誰もわたしのこと見ない」

悲しそうな女幽霊。

もう終業時間も近い。

体がだるい。










「今日飲みに行かない? みんなで…って、まだ顔色悪いね。大丈夫?」

「うん、ごめんなさい。せっかくなんだけどちょっと…」

「だよね、お大事に。」










ほら、最悪。

好きな人に青白いひきつった笑顔を見せる悲しさ、わかる?





















雨の日なんて、大嫌いなんです。





















女幽霊はずーっとついてくる。

無視しているのに、あたしにはちゃんと見えていることがわかるらしい。









姿はちょっと透けているというだけで、特にグロいところもないし…

だけどやっぱり、見ていて気持ちのいいものではない。
(だって浮いてるしさ)











けど あたしと同い年くらいのこの女幽霊の心細さが、なんだかわかる気がしたのは

体調が悪くて気が弱くなっているせいなんだろうか。







「あんた…いつ死んだの?」

「あっ、やっと話してくれた! やっぱりわたしが見えてたんだね。」

暖かい自分の部屋。

幽霊のくせに、かわいく微笑む女。

体温計、38.2℃。










「わたしはねぇ、たぶん一昨日死んじゃったのかな。最初は死んだことにも気付けなかった」

直接頭に響く柔らかい声。

その響きが頭をますます痛くする。

語り続ける女幽霊。








「大好きな人の目の前で死んじゃったの。悲しかった。あの人を置いてはいけない」

「交通事故だった。あの人の悲しみを今でも感じる。会いたい。でも、わたしのことは見えないの」

「会いたい会いたい会いたい。逢いたい」









逢いたい――










呪いのように呟く女幽霊の声が波のように押し寄せて、あたしは気を失うように眠った。

























夢の中で、胸が潰れるほど、叫びそうなほど、誰かを恋しく思う自分がいた。









おかしい。

あたしはそんな衝動的で、気が狂いそうなほど誰かのことを愛したことなんてない。































これは、 あの女幽霊の気持ちだ


































ピピピピ ピピピピ


携帯のアラームが鳴って、目を覚ました。

相変わらず体が重くて、体温計は38℃を示したまま。

女幽霊の姿は見えない。

窓の外は快晴だ。









会社に電話をして、休むことを伝えた。

お大事に。

同僚の声。










あの女幽霊は、まだここにいるんだろうか。

見てやりたくても、聞いてやりたくても、今日のあたしにはそれが出来ない。

中途半端な能力だ。























あたしはただ眠る。

ひたすら眠る眠る。

深い闇の中に、沈んでいくように。































それはきっと深夜のこと。














あたしはコンビニにいて、見知らぬ男と買い物をしている。

会計をする男をあとに、あたしは綺麗に浮かぶ満月を見に外へと出た。

風が気持ちいい。

自動ドアの開く音がして、男が笑顔を見せて出てくる。

あたしも笑顔を返した瞬間。




















大きなヘッドライトが眩しくて、目を細めた。















あぁ、あたし死んじゃう?――
























ヘッドライトの持ち主が、とにかく大きなトラックだとわかったのは、

愛しい男の恐怖の表情と

どこかから「トラックが!」って叫び声が聞こえたから







































目を覚ます。

真っ暗な部屋と、雨の音。

そしてあの、女幽霊。







「汗びっしょりになっちゃったね」

「あぁ、うん…」

言われて、やっと自分の体が自分のものだという感覚がもどった。




























あたしは、この女幽霊の記憶を見ていた





























「あなた、雨が降ってないとわたしのこと見えないのね」

「うん。なぜだか雨の日だけ見えてしまうの、昔から」

「そう…変なもの見せてごめんね」

夢のことを言ってるのだとわかった







「あんた、悲しいね。とてもとても」

「うん」

頬に伝う涙は、

きっと熱のせいで気が高ぶっているからだけじゃない。


















あたしは悲しくて、寂しくて、苦しくて、

女幽霊のことを思った


















「あなた、いい人だね」

「・・・」

「つらい?」

「少しね…」

しゃくりあげながら答えた。

こんなに子供みたいに泣いたのは、一体いつ以来だろう。







「わたしね、雨の日が大好きだったの」

囁くような声。

「雨が降るとね、彼が傘を持ってくれて、いろんなところを歩いた。

 目的もなくただ歩いたの。

 わたしは傘から飛び出して、雨にあたって、いつもはしゃいだ。

 彼が犬みたいだねって笑った…」









さぁさぁと

雨の音がする









「わたし、あなたのこと好きになったな。

 雨の日もそんなに悪くないんだって、あなたにも知ってほしい。」




「雨の日は…嫌いなの」








「もう、わたし行くね。

 あなたに会えて良かった。泣いてくれて嬉しかった。

 あなたの一部を一緒に連れていくね」


「連れていくなら彼のにしなさいよ…」


ふふっと女幽霊が笑った。

「いいの。彼の思い出と悲しみをいっぱい連れていくから。」

「そう」





「じゃあね。わたしのこと見えてくれてありがとう」





そう言って、女幽霊は煙みたいに消えた。

あたしは疲れ果てて、深く眠った。

































ピピピピ ピピピピ


携帯のアラーム。

眠りすぎるほど眠った朝。

体が軽い。

体温計は平熱の36℃を示した。

すっかり全快だ。









窓の外は雨。

あの女幽霊は消えた。

あたしの一部を連れて。







その「一部」がなんなのか、言わなかったし聞かなかったけど

あたしにはわかる。























通勤電車の中、いつものように誰かの傘がべったり足に押し付けられてる。

不快だ。







だけど見えない。

どこにも見えない。







見えないはずのものは、雨の日になっても、見えない。








あの女幽霊が持っていってしまったのは

きっと あたしの中途半端な能力










木の下に佇むやつも、交差点に立っているやつも、線路に寝そべってるやつも

もう、なにも見えない。














































あたしは雨の日が嫌いです。


どうしてかというと、


髪の毛が爆発するし
(ひどいクセ毛だから)


傘が邪魔くさいから。
(電車の中で隣のやつが足にべったり濡れた傘押し付けてきたりするしね)










でも、そんなことよりももっと大きな理由があるのです。


前に出会った女幽霊のことを思い出して、なぜだか切なくなってしまうからです。










名前も聞かずに、あたしの一部を連れ去った女幽霊。


悲しい最期を遂げた女幽霊。











彼女を思い出すと、

あの柔らかい声と、かわいい笑顔を
(幽霊のくせに)












少しだけ、恋しく思ってしまうから。











落ちてくる雨粒が、彼女の涙に思えるから。












おわり。

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UP 2004/09/11

まったくのフィーリングで書きました。笑
「やみあがりのあめ」お題がひらがなだったのがちょっと意味深。
ひらがなでやみあがり…なんとなく幽霊を想像させたのでこんなお話。


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