春がきて

君がいなくなってから、もう1年がたちました










13 
帰る場所











暖かい空気の中で、桜が降ります。

わたしは今日、はたちになりました。



短大に通うわたしは、もう今年度で学校を卒業

就職はありがたいことに

既に決まっています。




父のコネだけど。




まるでピンク色の霞がかかったような、

そんな河原を ゆっくりと歩いて

いたずらな風に揺れる白いスカートを見て

わたしは、君のことを思い出しています。





「学校はどう?」

「まだよくわからないな。でも女の子しかいないのって少し不思議な感じ」

「女子大だもんね。すぐに慣れるよ」

「そうだね。そっちはどう? 美大」

「うん。俺もよくわからないな。やっぱりまだ行く価値が見出せない」

「そう。でもすぐに慣れるよ」

「そうかもね」





1年前のあの日もやはり、世界はピンク色の春で

わたしたちは好き合っているのを知りながらも

まだ、恋人ではありませんでした。




彼は絵を描くのが好きで、高校生のときから

屋上でいろんな絵を描いていました。

わたしはそれを、よく眺めていたものです。





「また授業さぼってる」

「そっちこそ」

「わたしはいいの、頭が痛かったから」

「俺もいいの、絵が描きたかったから」





広い広い青空の下で、

ふたりはまるで

特別に柔らかく、薄い膜かなにかに包まれているようでした。



わたしは知らなかったのです。

ずっと続いていくものなどないということを






季節は巡り、わたしたちは、

3年ものあいだ守られた 優しい校舎から旅立ちました。



わたしは短大へ、彼は美大へ。



彼が言っていたことを思い出します。






「俺はね、美大になんて行く気にはなれないんだ。

 だけどみんな言うだろう?

 絵だけじゃ食べてなんかいけないって。

 そんなことどうだっていいんだよ。

 俺が今したいのは、世界中を回って世界中の絵を描くことだ」






いろんな意味で幼かった彼。

眩しいほどの夢を持っていた。



美大へ入学した春。








春はどうしてこんなにも、柔らかいのだろう
















そして桜が散り始める頃

私の元に一通の手紙が届きました。





彼からでした





それがちょうど1年前のこと

それ以来彼は、わたしの前に姿を見せてはくれません。





手紙には彼の薄い筆跡で、こう書いてありました。




――僕はやはり、小さな部屋の中でりんごや花瓶、女のヌードを描きたいとは思いません。

   君ならわかってくれると思い手紙を書きました。

   僕はどこかへ行きます。

   行き先はまだ決めていません。

   いつ帰るかもわかりません。

   ただ、君が悲しむかもしれないと思うと、それだけが心残りです。

   どうか君の新しい世界に、君にとっての幸せが溢れているように。

   どこかの空の下から、僕はその事だけを願っています。


















なんて、勝手な。

わたしにとって君のいない新しい世界など、興味のかけらもないというのに。




彼はわたしより、絵を取りました。

それはずっと、高校生だったときからわかっていたように思います。







だからわたしは待つのです。

好きな人が世界を回って、いつか帰ってくることを。















君がいなくなってから1年がたちました。

だけどわたしの胸には あなたの居場所がぽっかりと空いています。







君の帰る場所はここにあるよ。







どこにいるかも知れない遠いきみに、

日本の片隅から

わたしは毎日呼びかけています。






おわり。

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UP 2004/09/11

好きな人が勝手に放浪に出ちゃったけど、見捨てずに待ちますって話。

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