act.10
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -


その日の夜のことだった。
仕事が終わった僕は携帯に目をやる。

着信あり。
『水沢理菜』

一応番号は教えてみたものの、はじめてかかってきた理菜からの電話に
僕は少し不安を覚える。
なにかあったということだろうか?

僕はあわててかけ直す。
『あー、仕事中だった?ごめーん。』
もしもし、も名前を名乗ることもなくいきなり理菜が出る。
「いや、今終わったところ。」
『あのね・・忘れ物してない?』
「・・え?」
『これって・・違うのかなぁ?』
おかしいなぁって口調で言う。
「これって、なに?」
『ビーズ・・かなぁ。』
「ビーズ?」
『うん。ストラップに付けるよーな。』
僕はふと、自分の携帯に目をやる。
「あ!」
『やっぱり・・』
僕のストラップの一部、ターコイズのビーズだけが見あたらなかった。
「でも・・どうして?」
『ん?』
「それだけで電話してくれるほど親切だっけ?」
僕は少しうれしくなって、からかってしまう。

理菜ことだから、「あたしは親切なのよ、知らなかったのー?」とか言うに決まってる。
なんて思いながら、返事を待つ。

だけど、返ってきた言葉は思いの外重かった。

『証拠、っていうんじゃないんだけどさ。残したりしないで?』
「どういうこと?」
『お姉ちゃんが見つけたの。そのビーズ』
「うん?」
『不思議そうに見てた。「これ誰の?」って。
 みたこともないものを見つけると、お姉ちゃんは不安になる。
 今のお姉ちゃんは、当然、あなたが来たことなんて覚えてないの。
 だから、誰も来てないはずなのに、知らないものがある。
 それは、おねえちゃんを不安にさせるの。』
「そっか・・。」
『今日のは、あたしのってことにしといたから。
 そしたら「へぇ、新しいの買ったのにもう壊れちゃったの?」なんて言ってたよ。』
「ごめん。ありがとう」
『うん。だから・・気をつけてね。
 お姉ちゃんのためにも。』

お姉ちゃんのため、それをやけに強調させる。

「何か、持っていくこともだめだよな?」
『うーん・・ごめんなさい。
 好きな子にプレゼントもできないなんて悲しいとは思うけど』

“好きな子”
さらっと出てきたその言葉に僕は顔が赤くなるのがわかる。
これが電話でよかった、と思えるくらいに赤くなる。

「好きな子って・・」
『違う?』
またいたずらっぽい口調に戻る。

『そうそう!ケーキなら大歓迎よ。
 お姉ちゃんが忘れてしまう前に、あたしの胃の中に入る!』
「あはははは!」
『よし、笑ったね?じゃーね。』

電話が切れる。
僕をちょっと怒りながら、でも笑顔で終わらせるのが理菜らしい。

だけど・・・。

現実は僕が考えている以上にむずかしいことだらけだった。

例えば、僕が彼女に贈り物をしたとしても、
数時間後には、それは「知らないもの」になる。
誰のものかわからなくて、彼女を不安にさせるだけの知らないものに。

例えば、僕が一日中彼女のそばにいたとしたら、
どうして僕がそばにいるのか、いきなりのことに思えるんだ。
途中でわからなくなる。僕がいること自体。

「はっきり言います。
 傷付くのは、私たちじゃない。
 あなたのほうです。」

理菜からのメールがふと頭をよぎる。

君が覚えられないということは、
僕が覚えてもらえないのと同じこと。

わかってるくせに、痛い。



2002/03/29

 next→

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送