act.12
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -


「ピアノ、弾いてほしいんだけど」

いつものようなやりとりの中、僕は唐突に言う。
「・・え?」
「聴いてみたいな、って思って。」

紅茶を入れていた、理菜がちらりとこっちを見る。
僕の意図を読みとろうとするように。

「理菜ちゃんからピアノで僕の曲弾いてるって聞いて・・」
彼女は、妹に目をやる。
妹は、にこっと笑って、僕に目をやる。
何をするつもり?って目で言うように。
「でも、全然うまくないんですよー。」
「弾いてもらえませんか?」
僕はできるかぎりの笑顔でいう。
彼女が僕のファンだと知ってるから使える武器だ。
我ながら、自意識過剰だけれど。

僕は、カバンから楽譜を取り出した。
1年前までの曲。
彼女が、知ってる曲。

彼女は遠慮がちにそれを手に取ると、ピアノの前に座った。
「本人の前でなんて、緊張しますね。」
そう微笑んで、一呼吸。

君にはじめて会った時に、部屋の中から聞こえてきた曲。
聞き慣れたイントロが、やわらかく響く。
感情を持った音があふれだす。

僕は、ゆっくりと立ち上がる。
そして、歌う。

理菜が驚いたように顔を上げた。
彼女も一瞬、ピアノから目を離して僕を見た。

僕は、歌い続けた。
君に届くように。

僕の声と君のピアノが部屋中に広がる。

それは、“調和”
ぶつかりあわずに、お互いを包むように。
ふわりとやさしい空気が生まれる。

このまま、ピアノの音に僕の声が溶けてしまってもいい。

僕が、君に見せてあげられるライブ。

一瞬でもいい。
この思い出が君に積み重ならなくても。
僕だけの思い出であったとしても。

僕にはできる
君を残すことが。

君と過ごす日々を、未来を、僕が刻もう。

永遠に色褪せない「はじめまして。」を。


2002/04/10

 next→

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送