act.3
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

「水沢理乃」

同姓同名だろうか?
でも、そんなにありふれた名前だろうか?

僕は、引き出しを開けた。
今でも、見なくとも覚えている。
いや、忘れられない。

ブルーのペンで書かれた優しい文字。空色のレターセット。
彼女からの手紙を、僕はいつも待っていた。

新曲が出ると、その3日後。
必ず彼女からの手紙は届いた。
メロディ、歌詞、僕の声や歌い方に対して、彼女はたくさんの言葉をくれた。
ほとんどは誉め言葉で、それは僕の自信へとつながった。
そして、彼女は新しい解釈をくれた。
彼女の導き出す解釈が、僕の心を更新させた。

しかし、1年前にその手紙はこなくなった。
ファンじゃなくなったのかもしれない。
さみしい。
そう思いながら、忘れたふりして待っていた。
今日も、郵便局の手違いでいきなり届くんじゃないか?なんて。

僕はうれしかった。
もし、それが人違いだったとしても。
彼女は、今もこの世界に存在しているのだ。

窓の外を見た。
この空の下に君も存在しているんだ。
何の根拠もないけれど、そう思う。
ゆっくり伸びする。
さあ、明日もがんばるか。
「らしくない」自分に思わず笑ってしまう。
でも、そんな自分もきらいじゃない。

「もしも、人違いだったとしても、『水沢理乃さん』が存在していることが、
 僕にとってはうれしいです。
 いきなりのメールでいろいろ詮索してすいません。
 ありがとう。
                                  marble」

思いついたまま打ち込んだ4行だけのメールを送信した。
正直な僕の気持ち。うれしい気持ち。

‘送信完了しました’

きっと、これっきりだろう。
これっきりでいい。
君は、君の世界で笑っていて?

すると、待機していたかのようにパソコンが反応する。

‘新着メールが1件あります’

「んー。なんだか一件落着ですか?
 私には謎がいっぱいです。
 mableさんの言う『水沢理乃さん』のこと、
 そして、mableさんと『水沢理乃さん』のつながりが知りたいです。
 例え、それがお姉ちゃんじゃなかったとしても、
 なんだか、運命って感じ!!偶然とは思えないですよ〜♪
 ドラマのようでわくわくしません?
 よかったらお返事下さい。
                          クロック」

ためらいがちに、でも確かに、
僕の指先は期待を秘めていた。

「クロックさんの言うとおり、偶然だとしてもおもしろい偶然ですね。
 僕と、理乃さんには、共通の友達がいました。
 というか、友達に紹介されたような形で出会いました。
 会ったのは一度だけです。
 一度だけだったのですが、僕には彼女がとても印象的でした。
 ・・言うなれば一目惚れってやつでしょうか?(笑)
 連絡先も聞くことなく、僕の一目惚れは終了。
 
 また会えるといいな、と思っていましたが、結局会えずで。
 僕が一方的に「水沢理乃」という彼女の名前を覚えていただけかもしれません。
 「水沢理乃」さんは僕のことなんて覚えてないかもしれない。

 一度会って、忘れられない人。
 それが僕にとっての「水沢理乃」さんです。
 関係は、この通り。僕だけの一方通行。
 ドラマのような展開を期待していたならすいません(笑)
                            marble」

僕は嘘をついた。
あえて言葉にするなら、真っ青な嘘。
青すぎた僕の、ひどく冷静な青。



2002/02/17

 next→

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送