act.4
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

こんなことになるとは、思ってもみなかった。

待ち合わせの5分前、捨て身の気分。
もう、どうにでもなれ。
そう思いつつも、ガラス越しの僕は明らかに弱気だった。

「一度会って話してみませんか?
 乗りかかった船って感じで! 」

ドラマのよう!と興味を抱くクロックの出した結果。

「私は、作家になりたいんです。
 だから、ドラマのような偶然なんてすてき!
 すごく興味があるんです。
 取材というほどのものじゃないんですけど、
 少し私にヒントを下さい!          」
という理由が加えられていたのも気になった。
短期貯蔵庫とか、タイムループのよう、とか。
君の身近な人生のほうが物語にするにはいいんじゃないか?とも思うのだが。

偶然と言い切るには不思議な程に、休みがうまく重なり、
僕は、本人かもわからない「水沢理乃」の妹、理菜ことクロックと会うこととなった。

僕の中で、不安と優越感が鮮やかに混ざり合っていた。
誰かに見られないだろうか。
その反面、クロックがどんな反応を示すだろう、という期待。
普通にメール交換していた人物が、BBSにかきこんだアーティストそのものだとしたら?

僕は、自分が明らかにクロックよりも優位な状況にいると、この時は思っていたんだ。

目印は、ノートパソコン、黒い帽子。
何の根拠もないけど、空色の手紙をお守り代わりに。

「こんにちは〜。marbleさんですかー?」
少し幼い女の子の声に、僕は、慌てて振り返る。

“ふつう”の女の子がそこにいた。
おそらく進学校だろうと思われる、品の良い制服。
セミロングの少し茶色の髪、つり目がちの目。
どこにでもいる、といえばそうかもしれない。

振り返った僕に、彼女の動きが一瞬止まる。
自意識過剰だが、TVで見た顔がそこにあるのだ。
「わっ、ごめんなさい!!」
人違いしたと思ったらしく、彼女はぺこりと頭を下げる。
その姿が、可愛らしく思えて、僕の緊張の糸はきれいに解けた。
「こんにちは、クロックさん。」
よそゆきの顔で、僕は返事をする。

「こんなところで何してるんですか?」
「会おうって言ったの、君のほうでしょ?」
「え・・?marbleさんですか?」
「そうです。」
予想通りの反応に、僕は笑いをこらえるのにせいいっぱいになる。
「なんか、どっきり、とか?」
「ちがうよ。完全にプライベート。」

とりあえず、と近くのカフェに入ったはいいけれど、それは不思議な光景だった。
テーブルを挟んで、目深にかぶった帽子の男と、制服姿の女の子。
まわりからは、どんな風に映っただろうか。

僕の目の前に座った彼女は、さっきの驚きが嘘のように思いの外冷静だった。
「びっくりしましたよ〜。驚かせて楽しいですかー?」
彼女はちょっと好戦的な口調で、スプーンでカプチーノをまぜながらいう。
「偶然、だよ。」
ふぅん、と興味なさそうにつぶやく。
「でも、ラッキーな偶然!うれしいなー。
 自慢したいけど、名誉のために言わないであげる♪」
「名誉?」
「女子高生と密会!だなんてねー。ふふ。」
「ああ、そっか。」
「事の大きさに気づいてないなー。プロ失格よ!」
妙に芝居がかった口調に、思わず笑ってしまう。


「なんだか、メールと印象変わらないね。」
「うん。よく言われる。」
敬語に、嫌味のないタメ口が混ざる。
「よく?よくメールで知り合った人と会うの。」
「うん。結構ね。」
「知らない人と会うのって、抵抗ないの?」
「ないよ。全然。もしも、人目見て会話すらしたくない感じだったらだまって帰るし。」
「なにかあったら・・とか思わないの?」
「メル友殺人とか?」
「そういうのもあるじゃん。」
「ニュースの見すぎですよ。」
no problem.そう言いたげに笑う。
「・・・ま、殺してくれてもいいんだけど。」
「え?」
小声でつぶやいた彼女の声に、僕は寒気がした。
本気でそんなこと思っているの?
呆然とする僕を、彼女はたのしそうに一瞥すると、鮮やかに話題を変える。
「あ、作家になりたいなんて嘘ですから。」
「え?うそ?」
「人間、臨機応変に、ねー♪」
罪悪感も何もない笑顔が少し憎らしく、うらやましい。
「でも、片想いのお話も嘘でしょ?」
「嘘、かな?」
自問自答をしてみる。
嘘だと、言い切れるんだろうか?
ある意味、片想いにも似た感情のような?
「じゃぁ、お姉ちゃんのことも知ってるでしょ?」
「お姉ちゃんのこと?」
「だって、片想いの人と同姓同名の女の子からの手紙だったら気にならないわけないじゃん。」
「・・・手紙?」
「そう、手紙。
 いつも熱心にあなたにファンレター送ってたんですよ。
 一度も返事なんて来たことなかったみたいですけど〜。」
少し嫌味っぽく言う彼女の口調も、今の僕にはひっかからなかった。
僕の中で、いろんな想いが混ざり合う。

「水色のレターセットでねー。
 曲が出るたびにすごい必死で書いてたもん。」

僕のバッグの中で、空色の手紙が存在感を増した。




2002/02/17

 next→

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送