act.9
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それからというもの、僕は時間をみつけては「水沢理乃」に会いにいくようになっていた。

くり返す同じ日々。
同じような会話。
僕はその会話を、毎回交わす「はじめまして」も飽きずに続けた。
あの時の手紙のように、彼女は僕の心を更新し続けた。
正確には、高まっていた。
僕の中にあるのはきっと、希望なんかじゃない。
ただ、君を好きだという気持ち。

なんとなく、理菜がいつも入れる紅茶を思い出した。
おねえちゃんが好きなの、って毎日かかさず入れる紅茶。
きっと、君の中で永遠に色褪せることのない味。
その紅茶に合うように、僕はケーキを買っていった。
君は、よろこんでくれる?

「これ。おみやげ。」
ケーキの箱を渡すと、理菜は驚いたような顔をする。
「・・・自分で選んだの?」
「どうして・・?」
「男の人一人でケーキ屋さんって、はずかしくない?」
理菜は口の端をくっとあげて、たのしそうに言う。
「・・・ほんっと一言多いな。」
僕は理菜を軽くにらむ。
「想像しちゃったー。ケーキ選んでる姿。」
「年上からかって楽しい?」
「うん。」
またあのいたずらっぽい笑顔で笑う。
そして、少し背の高い僕の方を見上げると、照れたように
「ありがとう。」と小声で言う。
素直じゃない奴。
僕は思わず笑ってしまう。

「理菜ー?」
さわがしい玄関の会話に彼女が顔を出す。
そして、いつものように驚いた顔で僕を迎えてくれる。
「はじめまして。」
「・・はじめまして。」

君のことが知りたくて、僕は少しずつ質問を変えてゆく。

「水色、好きなの?」
「どうしてですか?」
「いつも、水色のレターセットで手紙くれてるよね?」
「あ!覚えててくれたんですか〜!うれしい!」
「うん。どうして、水色なのかなーって。」
「なんかイメージで。」
「イメージ?・・僕の?」
「はい。」
「なんか、青色って気がするんです。」

「音楽やったりするのー?なんだか、詳しそうだから」
「ピアノくらいなら・・。」
「聴いてみたいな。」
「はずかしいですよ〜。音楽のプロの前で!」

「いいじゃん。弾いて〜」
理菜がいきなり会話に入ってくる。
嫌味じゃなく、するりと僕を助けるように。
「はずかしいよ〜。」
「うまいんだからいいじゃん。」
「簡単に言わないでよ〜」
ことん、と紅茶とケーキの入った箱をテーブルに載せる。
お姉さんの言葉よりも、ケーキに夢中みたい。
「おいしそーう!」

彼女はもぉ、ってあきれたみたいに妹のほうを見ると、僕のほうをみて微笑む。
そして、ゆっくりとピアノの前に座る。

彼女の指先から流れたメロディーは聴いたことのあるクラシック。
やわらかなメロディーがふわりとした空気をさらにやさしくする。
理菜がケーキを選びながら、聴き入るように微笑む。

弾き終わった彼女は、照れくさそうに微苦笑する。

「この曲知ってる?」
理菜が楽しげに言う。
「聴いたことはあるけど。」
「エルガーの『愛の挨拶』私の大好きな曲!
 『威風堂々』とかずっしりした曲作ってるおじさんが愛しーい人のために作った曲なの。」
理菜はいつもよりも声をはずませる。
「理菜が弾いてっていうと、いっつもこの曲だもん。」
それをお姉さんはうれしそうに微笑む。

『愛の挨拶』か。
君と僕のあいさつ。
それ以上も、それ以下もない。
“はじめまして”

やさしく笑う君に、僕は何も求めてはいけないのだけど。




2002/03/27

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