act.2
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「おつかれさまです。」
誰かのこの言葉をきっかけに、僕は車へと向かう。
今日も、長くて短い一日が終わろうとしていた。

僕の夢は、少しずつ現実になろうとしていた。
歌うとこが好きだった僕は、去年、晴れて歌手となった。
1年も経たないうちに、ヒットチャートの常連にもなった。

何もかもが順調だった。
アーティストである僕の世界では。

今まで、趣味だった音楽は、僕の日常に代わった。
日常は、慣れを生み出す。
その慣れは、不運にも僕の中の退屈を目覚めさせた。
「つまらない」というわけじゃない。
「だたそれだけのこと」なのだ。

強い光には、濃い影が伴う。

部屋の中は冷たかった。
「ただいま。」
誰にいうわけでもなくつぶやく。
さっきまでそこにいるだけで特別視されていた自分の存在がウソのように思える。
ナンノタメニウタッテイルノ?
頭に浮かんだ言葉を聞こえないふりして。

パソコンの電源を入れる。
いつものようにBBSの書き込みを読むために。
ネットに接続した瞬間。
いつもと違うウインドウが表示される。

新着メールが1件あります。

「メールありがとうございます。
 クロックです。
 あなたからのメールが例えただの好奇心だとしても、うれしかったです。
 何百件にものぼるカキコの中から、偶然にも私のに興味を持ってくれた。
 それだけで、救われたような気がしました。

 『覚えることができない』というのは、その通りの意味です。
 お姉ちゃんは、記憶することができない。
 簡単に言うと、お姉ちゃんの中の時は止まっているんです。
 タイムループ、みたいな感じでしょうか?
 むずかしい言葉で言うと、短期記憶貯蔵庫が壊れてしまったんです。
 一年前の、事故で。

 と、いきなり言ってもわかりにくいですよね?
 私自身、未だによくわかってないような気もします。

 見ず知らずの人に、こんな身の上話をするのもおかしいんですけど、
 お姉ちゃんの存在を気にとめてくれる人がいることがうれしかった。
 だから、こんな話しちゃったんだろうと思います。

 誰かに気づいてもらいたかったのかもしれないですね、心のどこかで。

 では。意味のわからないメールでごめんなさい。

                             クロックより     」

正直に言って、本当に意味がわからなかった。
タイムループ?短期記憶貯蔵庫?
些細な好奇心で足を踏み入れたことを少し後悔しはじめていた。
返信しようか、そのまま「返事がきました」というだけにとどめておこうか。
どうでもいいようで深刻な迷いが生じる。

「返事がきました」ということだけにとどめようと思ったその時、
送信者の表示に見覚えのある文字が見えた。

 『R.Mizusawa』

その文字列は、僕に一人の女の子の名前を思い浮かばせた。
ブルーのペンで書かれた優しい文字。空色のレターセット。
この一年間、僕の中でひっかかっていたものだった。

僕は、祈るような気持ちでメールをした。

「こんばんわ。クロックさん。
 メールありがとうございました。
 ありきたりなことしか言えないのがくやしいけれど・・・
 がんばってください。

 送信者の名前を見て、どうしても気になってしまいました。
 人違いかもしれないのですが・・。
 クロックさんの名前は「水沢理乃」さんですか?
 いきなり失礼な質問をしてしまってすいません。
 
                          marble 」

30分も経たないうちにメールが届いた。

「私の名前は、水沢理菜です。ざんねーん。
 ってクイズじゃないですよね(笑)

 でも・・・
 お姉ちゃんの名前は、理乃です。
 人違いでしょうか?びっくりです。
                     クロック    」


気まぐれにめくった一枚のカード。
僕の手の中のカード。
2つ揃った時、静かに幕が開いた。


2002/01/29

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